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タイ 10/23はチュラローンコーン大王崩御の日で祝日でした

ドゥシット イベント

10/13日はラーマ9世 故プミポン国王の崩御の日で今年は14日に振替で祝日でした。

タイは王国ですから王家をお祝いする祝日があります。故プミポン国王は4年前にタイに居たときに国民から慕われている国王と肌で感じました。タイに住んでいるのでタイの歴史を学ぶためにもチュラローンコーン大王の功績を調べてみました。

チュラローンコーン大王

在位は1868年10月1日~1910年10月23日。チャクリー王朝のラーマ5世国王です。チャクリー王朝とは1782年、乱心をきたしたタークシン王を処刑したラーマ1世によって起こされたタイの現在まで続く王朝のことです。

チュラロコーン大王は即位されるとすぐに欧米に視察旅行をして、「チャクリー改革」と呼ばれる数々の改革を行いました。タイ三大王のうちの一人です。

タイ三大王とはアユタヤ王朝の21代目の救国の英雄「ナレースワン大王」、スコータイ王朝の3代目の広大な領域を支配する大国に発展させた「ラムカムヘーン大王」とチュラロコーン大王の3人を指します。ナレースワン大王がムエタイの創始者、ラムカムヘーン大王の時代にタイ文字が考察されました。

チュラロコーン大王の功績の1つは奴隷売買を長年かけて廃止したことです。

各地にいた王を廃止し、中央集権国家を作り上げ、官僚制を導入し行政改革をし、議会制度の前身となる国政協議会と枢密院を設置しました。

学校教育を開始し、インフラ整備としてバンコクからナコーンラーチャシーマーまで列車を開通させました。タイ赤十字社の設立もこの時代です。

外交面では当時ビルマとマレーシアは英国に、ベトナムがフランスに植民地化されていました。ラーマ5世は英国にマレー半島の一部を割譲し、フランスにはラオスとカンボジアを割譲する事で独立を保ち、タイは植民地化を免れました。東南アジアで植民地化されていない国はタイだけです。

国の改革・外交とも優れた手腕を発揮し、今でも国民からの人気が高く、肖像画が首飾りやポスターになったり、像が仏壇に置かれています。100Bの新札は表はラーマ10世ワチラーロンコーン、裏はラーマ5世と6世がデザインされています。

タイで最も古い歴史をがあるバンコク中心部にあるチュラーロンコーン大学の名前はチュラーロンコーン大王(ラーマ5世)に由来します。1917年ににワチラーウット王(ラーマ6世)によって設立されました。

12月5日はラーマ9世プミポン国王の誕生日で(父の日)で祝日です。

▼チュラーロンコーン大学のMap

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